珠(たま)磨かざれば光なし

・・・・・・・珠(たま)磨かざれば光なし・・・・・・・

 

 

1日の大半を過ごす職場はプロになるための学び舎、仕事を終えての酒場は夜の人生学校と、私の20代前半(昭和50年代前半)は、百戦錬磨の 先輩たちに指導され、仕事でも夜の宴席でも昼夜を問わず様々な失敗や経験により無数の傷をつけられた時代であった。

そして自ら積極的に挑戦して失敗した傷は向こう傷として賞賛され、自らも自慢していた時代でもあった。

仕事に臨んでは、誰もが全知全能を傾けて取り組み、そして新たな目標に挑戦する。故に利害得失の狭間で複雑に絡み合う 人間関係や障害により大小様々な傷を負うことになる。

特に大きな仕事や新たな仕事に挑戦する時は特に傷が多くなる。

これらの傷がまさに仕事におけるテクニカルスキルの向上と人格、徳性としてのヒューマンスキルの向上を導いてくれるものであると思う。

磨くということは多くの細かな傷をつけることであり、目指す自分を思うままに磨きだし、己を実現して行くことこそ人間にとって 根元的に重要なことであると思う。

昔から若い時の苦労は買ってでもやれ!と言われるように、安易な道より困難な道に挑戦した方が多くの傷がつく。傷つくことを恐れるな! 

職場では上司や社長の叱責の一言で傷つき、己の勉強不足や至らなさ故の失敗で傷つく。これらの傷はむしろ自分が磨かれ ていると感謝すべきです。

傷に直面している時はその傷の痛さ苦しさしか分からないが、その傷が収束して過去のものとなった時に自分の成長を実感で き、一段と磨かれ光り輝いている自分に気がつくはずです。

「珠(たま)磨かざれば光なし。」

 

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