5インチ◆◆◆海上部隊指揮官(艦長)の絶対感性◆◆◆SM-1

 

海上自衛隊艦隊勤務において私が経験した不思議な力についてご紹介したいと思います。

海自における専門は砲術(射撃)、ミサイルシステムの船乗りで約35年の勤務期間中、艦艇勤務(砲術長、艦長、司令等) が約20年、陸上(海幕、統幕等)勤務が約15年で、若い時代に砕氷艦「ふじ」航海士で南極に2回、リムパック訓練等の海外派 遣訓練には十数回参加しました。

また、北朝鮮工作船、テポドン事案、テロ特措法によるインド洋への部隊派遣、日露の防衛交流の開始等々、多くの重要な事案、事象に計画又は実施の面で直接関与できた幸運な勤務でした。

 

私の海上自衛隊入隊時の目標は艦長になることであり、部下を1人も失わず、いかなる任務をも完遂できる強い艦長が目標でした。

艦長の理想像は、日本海海戦を目前にし、緊張感漲る艦上において泰然自若として尺八で古曲を奏で乗組員の緊張感や 恐怖心を解きほぐした巡洋艦「浅間」艦長の八代六郎大佐のような木鶏の如き艦長でした。

ところが私の場合は、艦長、司令等多くの部隊指揮官を経験しましたが木鶏の教えで言うと、やみくもに殺気だって、しきり に敵を求める第1段階こそは卒業したものの、他の鶏に影響される2段階及び3段階を往復していた感がします。

そばで他の鶏がいくら鳴いても挑んでも、いっこう動ずる気配もなく、まるで木鶏の如き艦長の域には、到底到達できず、 あえてその域に達していたのは家庭で妻に対している時のみであったと思います。

しかしながら、常に闘鶏に徹し、部下の前面に立って走り続けた洋上勤務を振り返ると、初めての艦長勤務の後半にある変化がありました。

複数の護衛艦で作戦行動する場合、自艦を中心(基準)に周囲の状況を把握するのが普通であり、この自艦中心の世界が、自艦も含め部隊全体の配置や動きが上空の鳥の目から見るような、まさに鳥瞰図の世界にある日突然変わりました。

私はこの能力を「海上部隊指揮官の絶対感性」と呼んでいます。

これは、約20年の船乗り生活を通じて、星と太陽で位置を把握し、大洋の真っ只中でジャイロコンパスのみに頼り、ある時は自然に逆らい、またある時は自然に身を委ね、艦の運航と作戦を学び、これらを通じて得られた資質を基本として、指揮官としての莫大な国有財産と部下の命を預かる責任感と使命感の重圧によりこの感性が得られるのではないかと思っています。

最近、海自時代の緊張感から離れ、客観的に振り返れるようになって思うに、あの頃から自艦の動き、他艦の動き、また周辺の船舶の動きも良く見え、心の余裕もでき、複雑な艦隊運動も不安なく実施できるようになり、何よりも嬉しかったのは部下や海との一体感を感じたことです。

現場にいなくても部下の動きや波や風や空気で異変を感じる感性が身に付いた気がします。
今回はその中の2つの事例を紹介します。

まず、40歳の時の護衛艦隊旗艦「むらくも」艦長時代の経験です。
体験航海(PR)のため単艦(1隻)で八戸港に寄港しました。任務を終えて次の行動に向かう出港の朝、6時に起床すると港内 は視界が10メートルもない濃霧でした。

8時の出港時刻までには視界もある程度は回復するだろう、回復して欲しいという願望をもって天気図を分析しながら霧を眺め 、霧を頬で感じていました。 港外には2,30隻の停泊船が入り乱れて投錨し、霧待ちをしている情報も入りました。

その時、何とも表現できない不思議な胸騒ぎを感じ、航海長を呼び、港外の停泊船全てと無線で連絡をとり、船名及び投錨位 置を正確に把握し海図に記入しておくように命じました。航海長は何でそこまでと思っていたようですが、1時間ほどで港外の状況を正確に把握してくれました。

8時の出港時刻になっても霧は晴れず、港湾事務所と出港の延期を調整しましたが、以後の岸壁使用の予定から延期の限度は10時との回答を得、また自艦の次の任務からも判断して10時には出港すると決断しました。

10時になっても霧は晴れず、自分の舳先も見えない濃霧の中での出港でした。乗組員の霧中航行の練度は信頼しており、また今回は港外の状況を正確に把握していること、レーダーの見張りも強化したこと等から全く不安は感じていませんでした。

それはまさに港の狭い出口にさしかかろうとしていた時のことです。
主発電機が急停したという悲鳴にも似た報告を受けました。

非常用発電機も使用できない、いわゆるブラックアウトの状態です。レーダーも含めセンサーは一切使用できず、周囲の状況も全く把握できず、また艦を停止したら潮流に流され防波堤等に接触する可能性もあります。

私の頭も一瞬ブラックアウトしましたが、結果的には広い場所まで安全に航海し投錨することができました。これは不安、胸騒ぎに端を発し、事前に航海長に大変な作業を命じ、港外の停泊船の名前と位置を正確に把握していたため、これらの船と連絡でき、彼らの協力も得られたことによる結果です。

他にも航海の安全確保や運用作業の事故防止という観点からは、周囲の空気(雰囲気)や船の動き、人の動きから異変を感じ、事故を未然に防止できた事例も少なからずありました。 私は現在民間企業に身を置いていますが、成功しておられる企業の経営者は経済界におけるこの種「経営の絶対感性」をもっておられる印象を受けています。

次の事例は、私が環太平洋共同訓練、リムパック96に日本部隊の首席幕僚(参謀長)として参加した時の事案です。
私が乗艦していたイージス艦の戦闘情報室に「Downed Aircraft」(航空機の墜落)のアラートで始まった悪夢のような事故、 直後に大きく報道された海自護衛艦による米海軍空母艦載機A-6イントルーダーの誤射撃墜事案です。

米海軍と海自の部隊がグアムからハワイへ向けて航海中、2~3隻の艦を分派して行う高性能20mm機関砲(CIWS)による射 撃訓練でした。高性能20mm機関砲(CIWS)は、1分間に約3000発発射できる機関砲で、自分で接近する目標を見つけ発砲 し、自分の弾と目標のズレを検知し、自動的に修正して最終的には目標に命中させる武器システムで、一度ロックオンし発砲 を開始したら必ず命中する必中システムです。

当時の訓練おいては標的の速度等から500発程度撃てば標的は間違いなく撃墜できる状況でしたが、海自は、この射撃訓練 を従来から発射弾数200発で実施していました。

特に決まりがある訳ではなく、この数は計算上2~3発程度が標的まで到達するが撃墜には至らず、従って次の艦の射撃にも 使用でき、また必要な射撃データの収集も可能であり、いわば目標管理とコスト管理の観点から導きだされたものでした。

RIMPAC96訓練においても海自は200発で標的はビクともせず、米海軍は500発で見事に撃墜する状況が続いており、米海 軍に対する海自の威容からも今回に限って計画の変更が必要と思っていました。その様な折、護衛官「ゆうぎり」の砲術長から 私の部下の射撃担当幕僚に電話があり「200発の射撃では標的を撃墜できず射撃員の士気が上がらない。米軍と同様に50 0発射撃させて欲しい。」と言う上申がありました。

担当幕僚の報告を聞き、自分もそのように思っていたこともあり、しばらく考えましたが、射撃前日に発射弾数の変更を申し入れてくるその姿勢に何とも言えない外連(けれん:かっこよく見せること)を感じ、担当幕僚には今回は計画どおり実施させるよう指示しました。

そして、更にその夜に砲術長の上位の幹部から今度は私に直接同様の依頼の電話がありました。その電話を受けている間、 今度は不安と胸騒ぎすら感じ、現在の計画での万全な準備と実施を指示しました。

翌日の「ゆうぎり」の射撃訓練において、「ゆうぎり」の20mm機関砲はA-6イントルーダーが約5000ヤードのワイヤーで曳航する標的ではなく、ミスにより航空機自体に指向し、200発の最終修正弾の数発が航空機の左翼付け根部及び胴体中央部に到達し、火と煙を発し、乗員2名はベールアウトして救助されました。

ここでは事故の原因等については述べませんが、前夜の電話の申し出を受け入れ、500発発射させていたら航空機は爆発炎 上していたのは間違いなく、想像するだけで、身の毛の弥立つ思いがしたのを覚えています。

あの時、何か感じるものがあり、頑なに計画に固執したのは何故なのか、自分でも不思議です。これも全身全霊を傾注してことに当たる海軍士官の伝統的感性が生み出す不思議な力のなせる業ではと思っています。

確固とした目標を持ち、必要な基本と応用をひたすら学び、その上での任務の遂行に際して背水の責任感と使命感をもって臨めば、この「絶対感性」は自ずと発露するものと信じています。

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