大阪地検特捜部の決してあってはならない不祥事や尖閣諸島問題で騒がしい昨今ですが、今回は日本政府の冷静かつ毅然とした対応が求められている尖閣問題について、元海上自衛官として過去約35年間に亘り海の守りに従事してきた経験から意見を述べたいと思います。
対中国問題については中国の南沙・西沙における1950年代から現在にいたるまでの紛争を概観してきましたが、とうとう尖閣まで本格的に海軍力を使用するかというのが偽らざる心境です。
数年前までの海上自衛隊勤務において、中国海軍の海軍力増強計画及び海軍戦略について公刊文献等で研究していましたが、中国海軍は約20年ほど前から、明らかにマハンの「海軍戦略」思想を取り入れ、この思想に基づき着実に海軍力を増強してきました。
この増強の過程は私が護衛艦艦長、隊司令等の海上部隊指揮官の期間であり、日本周辺海域における中国海軍の活動を目の当たりにしていました。
当時、ここ数年で装備、システム及び部隊作戦能力の面においても米海軍及び海上自衛隊のレベルまで達するだろうと予測していましたが、まさに予測が現実になり大きな危惧の念を持っています。
尖閣諸島での中国調査船の海底資源調査、海軍の対潜水艦作戦に必要な海洋音波伝搬調査等の諸活動は海底資源の獲得とこれを保障する海上防衛態勢の構築が目的であったことは容易に推察できます。
中国海軍の海上防衛ラインは第1列島線(大陸棚:日本〜東シナ海〜フィリッピン〜ブルネイ〜ベトナムに至るライン:Sea Control Areaと呼ばれていた。)と第2列島線(日本東方海域〜グアム〜フィリッピン沖に至るライン:Sea denial areaと呼ばれていた。)の2つからなっており、Sea Control Areaはまさしく完全に制海権を獲得し完全な支配下に置く海域であり、Sea denial areaは相手の海洋利用を阻止する海域と位置付けていた。
現在、南シナ海はほぼSea Control Areaとなっており、次に尖閣諸島を領有化すれば第1列島線は文字通りSea Control Areaとして確立でき、海底資源も完全に獲得できることとなる。
昨年の大艦隊の太平洋進出及び海自護衛艦に対する哨戒ヘリコプターによる異常接近挑発行動にみられる通り、中国海軍は第2列島線のSea denialに関してもほぼ自信を得つつあると見て良い。
残りは尖閣諸島のみであり、尖閣諸島の実行支配ができれば第1、第2列島線の防衛ラインを確立できる状況であり、単なる領土問題などと楽観するのは危険である。
特に第1列島線内においては両用戦(Amphibious operation: 陸・海・空統合の上陸・阻止作戦)において日米共同部隊に対抗できる自信を獲得したと思わざるを得ず、また民主党政権の各省庁官僚、米国との冷めた関係に乗じた戦略的な挑発、探り、威嚇行動と捉えて良いと思う。
中国は100年単位で長期戦略、計画を立案し、実行する歴史を有する民族であり、また作戦も赤壁の戦い、鄭和の約600年前の約200隻の大艦隊による中東、インド、アフリカまでの大遠征に見られるような大部隊の戦術が常套手段であり、近代戦においても管轄下の大商船団、漁船団を有効に活用した作戦を行うことは容易に想像できる。
国防に身命を賭する気概が脈々と継承されている後輩の海上自衛官をはじめ日夜有事に備えて厳しい勤務に従事している自衛官は、間違いなく世界一の練度を有する防人であると自負しているが、戦争を最も嫌う日本人であることも確信している。
尖閣問題については尖閣事変に発展させないように日本政府だけに任せるのではなく、日本国民全てが関心を持ち、冷静かつ毅然とした態度をとることが最も肝要な時であると思います。