私が40才の艦長の時、横須賀教育隊の練習員課程の卒業式に参列した時のことです。
教育隊の練習員課程とは高校等を卒業し海上自衛隊に入隊した新入隊員に約3か月の基礎教育を行う課程です。 そしてこの課程を修業して新入隊員は日本全国の部隊に配属されます。
私の艦にも1人の新入隊員が配属されるため出迎えに行き、親御さんが参列されておられたらご挨拶し、 ご子息がこれから勤務し生活の場となる艦を案内するのが目的での参列でした。
卒業式の式典が終わり、教育隊の食堂で家族を含めた午餐会が開催され、ある高校の体育教師とテーブルが同じになった。
その教師から「躾がとても悪く私が3年間かけても手に負えなかったあの悪餓鬼を、 僅か3ヶ月で海上自衛隊はどのようにして礼儀正しい、凛々しい、好青年に変えられたのですか?」 という質問を受けた。
私は当然のこととして、「団体教育特に連帯責任教育ではないでしょうか!」と答えた。
連帯責任教育というと鉄拳制裁や体罰という悪いイメージがあるが、 海上自衛隊の連帯責任教育は自己啓発や組織啓発といったニュアンスが強く、 チームの中の一人が失敗しても、或いは生活態度で問題があってもそれはチーム全体の問題であり、 そのチームに責任があるという考え方です。
カッター競技で誰か一人がオールを流し、成績がビリになった場合でも、 オールを流した個人が悪いのではなく、1人だけオールを流すような漕ぎ方をしたチームが悪い、 或いは1本のオールが流れても残りの11本のオールで勝てなかったそのチームが悪いという考え方です。
子供の頃、空き地で良くソフトボールをした経験をお持ちの方は多いと思います。
バッターが打ったボールがホームランとなり民家の窓ガラスが割れた。怒った怖そうな親父が出てきた。
最近の子供たちを見ていると、ソフトボールチームの仲間は打ったバッターに 「お前が悪い」と言って皆逃げる。
そのような風潮を感じます。
しかし連帯責任教育を行うと間違いなくチーム全員で窓ガラスを割り申し訳ありませんでした。 と謝るようになる。
皆が揃って丁重に謝ると、流石の頑固親父も怒れず、以後注意しろとしか言えない。
或いは「ここまで飛んでくるとはすごいバッターだね!プロ野球選手になれるかもね!」等々、 褒め言葉すらでてくるかも知れない。
これが連帯責任教育です。
このような行動をチームとして行うと、行動の形ができる。
形が出来ればその形を行うことで気付きがあり、そして定着する。
私は自衛隊退官後、IT会社の人財学校長として、約100人の新入社員の入社教育を約3年間実施した。 新入社員の入社教育は富士の麓の研修所で1週間の泊まり込み研修であった。
この際も海自の班対抗方式と連帯責任方式を導入した。
個人指導で長髪等の身嗜みの不具合を指摘しても中々直らないが、 グループごとに身嗜みについての討議を実施させ自己のチームの不具合を考えさせると、 指導員が指摘しなくても自ら散髪を申し出るようになった。
これも海軍式考えさせる教育の1つの成果であった。
連帯責任教育は当然、個人主義、能力主義の組織には適用できないが、 日本的な和と共存の精神で作られたチームの構築には最適である。